利用者の声

2010/06/27

会報5号より


私の娘(長女)9才は大腿骨延長のため、こども医療センター肢体施設で入所しています。骨にボルトを何本も刺したままの状態で骨が形成されるまで1年以上の入院生活です。主人の実家が東戸塚にあったので、入院前の昨年夏から私と次女が同居することになりました。次女は実家近くの小学校に転校させ、食事や次女の面倒は義父母がみてもらう生活がはじまりました。

慣れない生活の中、娘の手術、改良衣服づくり、次女の転校などしばらくはあわただしい生活を送りました。やがて生活が落ち着いてくると、今度は、同居でのストレスが日増しに増えていきました。義父母は私の負担の少ないようにと家事を一手に引き受けてくれましたが、食生活の違いや次女に対する教育などの価値感の違いからお互いに悩みをかかえていたにも関わらず、私には家事次女を任せている負い目があり、義両親は病児を抱えた私への気遣いから何も言えず、結局全員が体調を崩す結果となりました。私は不眠、次女も胃を痛め食が細くなり、薬が手放せなくなりました。長女も私が疲れた顔で面会に行くと、本当はさびしいのに「帰っていいよ」、本当は痛いのに「大丈夫だから」と言って、枕に顔をうずめひそかに涙するときもありました。 

子供に我慢をさせてはいけない、そして私も体調を崩しては元も子もないと思い、実家を出る決意をしたものの、自宅に戻れば、病院からは1時間半以上かかり、とても毎日長女の面会に通えなくなります。「私たちは行き場所をなくしてしまった」と茫然としていたとき、ふと「リラのいえ」に行ってみようと思いました。不安な気持ちを抱えたまま「リラのいえ」の扉を開けましたが、急な訪問にもかかわらず、スタッフの皆さんが温かく迎え入れてくださり、そして私たちにまず「よく我慢したね」と声をかけてもらいました。娘ともども本当に胸がいっぱいになりました。そしてありがたいことに翌日から宿泊させていただくことができ、救われた思いでした。あのまま行く場所もなく悶々と同居生活が続いていたら私たちは精神的にどうなっていたかわかりません。

そして「リラのいえ」に来て初めて、「リラのいえ」の成り立ち、多くのボランティアさんの思いで支えられている場所であることを知りました。今までは肢体と実家の往復で何気なく通り過ぎていた「リラのいえ」がかけがえのない場所であることを。そして重い病のわが子をかかえて、朝から晩まで面会に行くママ、闘い続けているママの声を「利用者の声」のノートで知りました。

長女も次女も幸い状態が落ち着いており、今は元気に学校にも通っていて昼間は比較的自由な時間を持てる私が、近くに住める家があるのに、私の精神的な弱さでそれが無理になってしまっただけなのに、長い期間「リラのいえ」にお世話になってよいものかどうか、とても悩みました。

その葛藤を抱えながら一週間が過ぎました。そんな中でも、子供たちの表情が変わるのが分かりました。長女も次女もよく笑うようになり、特に次女は赤ちゃん返り?と思うほど私に甘えるようになりました。週末外泊をしにきた長女も「病院にもどりたくない」と言うほどです。私がボランティアさんにも悩みを聞いていただき、気持ちを受け入れてくださったことで、「顔が明るく変わった」と言われました。私が健康でなにより毎日笑顔で元気でいられることが、こどもにとって何よりのしあわせで、痛みやリハビリにも前向きに取り組むことにつながるのかな、と少しずつですが思うようになりました。

今の私にできることは、まず自分自身が健康な心と体を取り戻すこと、そして子供のしっかりとした支えになること。また子供たちに「リラのいえ」の生活を通じて、ボランティア、助け合い支え合うことの大切さを学んでもらえたらと思っています。落ち着いたら、他のママより時間的に余裕のある私が買い物のお手伝いなど、入所者であると同時に皆さんの助けになるよう過ごし、少しでも「リラのいえ」への恩返しができればと思っています。長女はもちろん、次女にとってもこの入院期間が、かけがえのない人生の大きな宝になるよう願っています。そして多くの方に、この素晴らしい施設の存在をもっと知ってもらいたいと思います。

「リラのいえ」のリビングに「利用者の声」のノートがあります。病気をもった子を持ち、その苦しみと向き合い、闘ってきたママたちの気持ちが切々と書かれています。
そしてそれを乗り越え、またその苦しい思いを受け止めてこられた多くのボランティアさんへの感謝の言葉がつづられています。
ぜひ多くの方にこの声が届くことを願っています。

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